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「橋姫」-1 不遇の八の宮


宇治に八の宮(桐壺院の子であり、源氏の異母弟)という不遇な宮がいらっしゃいました。

特別の位におつきになるという噂がありましたが、 世の中からつれない扱いを受けられた末、見放された風でした。

北の方も大臣の娘でしたが、心細く悲しい事の多いなか、宮と仲の良いことを慰めとしておられました。

宮はする事もない慰めに子供が欲しいと思っていらした所、可愛らしい姫が二人続いてお生まれになりましたが、北の方は産後のひだちが悪く亡くなられてしまいました。
 




「橋姫」-2 八の宮、姫君達を育てる


八の宮は我慢できない事の多い人生を北の方への御情愛故に年月を過ごされてきました。

しかし御一人残されて、益々生きてゆけない思いでいらっしゃいました。

そして、格式のある身で一人、姫君達を育てるのも外聞の悪い事であり、前々からの出家の望みを遂げようとなさりましたが、姫君達が一人一人成人なさるお姿が可愛らしく申し分ないのをお慰めに年月を過ごされました。
 




「橋姫」-3 姫君達の生長


姉君は「大君」(おおいきみ)、妹君は「中の君」(なかのきみ)とおっしゃいました。

大君は優雅・上品で奥ゆかしく・賢そうで、尊い血筋のお姫様というお感じで、中の君はお顔が本当に愛らしく、こわい程でいらっしゃいました。

八の宮は、思うようにならないことが多く、お仕えしていた人達が次々にお暇をとってゆくなか、乳母までも妹君を見捨ててしまいましたので、お一人でお世話なさいました。
 




「橋姫」-5 邸の荒廃


広く趣のある邸の、池や川の様子は変わりませんが、庭は手入れをする者が無いため、雑草が我が物顔にはびこって荒れてゆきました。

八の宮は、季節ごとの花や紅葉も、北の方と一緒にご覧になられておりましたので、気の晴れる事も多くありましたが、今はお一人でますます淋しくなられました。

頼る所もないまま、仏の御飾りを熱心になさり、明けても暮れても勤行(読経)をなさいました。
 




「橋姫」-6 八の宮、勤行に精進


八の宮は、姫君達のお世話で、出家したいと思う心のままに出家できなく、とても不本意で残念でしたが、前世からの約束事と思われました。

年月のたつにつれて俗事から遠ざかられ、心だけは聖僧(ひじり)になりきっていらっしゃいました。

周りの人々がお勧めする縁組みのお話も多くありましたが、「世間の者の様に今となって再婚など」と聞き入れられませんでした。

*聖僧 - 修行に専念し世間から離れている




「橋姫」-7 姫君達の人柄


八の宮は、念仏読経のあいまは、姫君達をお相手に楽しまれました。

琴や琵琶などの弦楽器のお稽古や、碁を打ったり、偏つき(へんつき)などのほんのお遊びで二人の性格をご覧になると、大君(おおいきみ)は思慮深く落ち着いていらっしゃり、中の君(なかのきみ)はおっとりしてはにかんだ感じで、大層かわいらしいご様子でした。

姉妹それぞれにすぐれていらっしゃいました。

*偏つき - 漢字の偏だけでその文字を当てる遊び
 




「橋姫」-8
その1
八の宮、歌を詠む


八の宮は、春のうららかな日ざしの中、池の水鳥達が羽をうちかわしさえずる声を、いつもは何でもない自然の事と見ておられました。

しかし今は、雌雄(つがい)が離れず一緒にいることをうらやましくご覧になって、姫君達にお琴などをお教えでした。

お二人はとても美しくて、まだお小さいなりにかき鳴らす琴の音が、お見事に思われるので、八の宮は涙を浮かべて

            うち捨てて つがひさりにし 水鳥の
                          かりのこの世にたちおくれけむ

:いつもつがいでいたものを見捨てて去った水鳥の雁、その雁の子は仮りのこの世にどうして残ったのか 嘆きのつきないことだ:

と涙をぬぐわれました。
 




「橋姫」-8
その2
八の宮、歌を詠む
八の宮のお姿は、長年の勤行(ごんぎよう)でやせてほっそりしてしまわれましたが、かえって上品で優雅でした。

また、着なれてやわらかくなった直衣(のうし)を着て、姫君達のお世話をなさる姿は、たいそう気品があってご立派でした。

*直衣 - 貴族の普段着
 




「橋姫」-9
その1
姫君達も歌を詠む


   大君の歌

                   いかでかく巣立ちけるぞと思うにも
                                 憂き水鳥の契りをぞ知る

;母のいない身で、どうしてここまで大きくなったのかと思うにつけても、悲しい我が身の運命が思い知らされます:

大君のこの歌はさほど上手というのではありませんが、たいそう心を打つ物がありました。

   中君の歌

                   泣く泣くも羽うち着する君なくは
                                  われぞ巣守になりは果てまし

*巣守(すもり) - 孵化(ふか)しないで巣に残っている卵




「橋姫」-9
その2
姫君達も歌を詠む


:悲しみに泣きながらも温かく育んで下さるお父様がいらっしゃら無かったら私はかえることもない卵で終わり、大きくなれなかったでしょう。:

八の宮は経を片手にお持ちになって、時には読み上げ、時には唱歌をなさり、大君には琵琶、中君には琴をお教えになりました。

まだお二人とも子供でしたが、いつも合奏しながらお稽古なさるので、大変結構に聞こえました。

*唱歌 - 楽器の譜を口で歌うこと。ここでは姫君達に琴を教えるため
 




「橋姫」-10 八の宮の現状


八の宮は父(桐壺帝)にも、母女御にも早く先立たれてしまわれたので、学問など深くはお修めにならず、処世のお心構えなどもご承知で有りませんでした。

高貴のお方の中でも、とても上品でおうような、女のような方でしたので、沢山あった先祖伝来の家宝など、どこへともなく無くなってしまいました。

なす事もない暇にまかせて楽士などのような優れた人を召して、風流ごとに熱中して成人されたので音楽にかけては大層すぐれていらっしゃいました。




「橋姫」-11 八の宮の素性


冷泉院(れいぜいいん)が東宮(とうぐう)でいらしたときに、弘徽殿(こきでん)の大后が企みをなさり、冷泉帝を廃して八の宮が帝位をお継ぎになるようお世話されました。

その後源氏の子孫の時代になってしまった世の中では、八の宮は源氏の弟でいらっしゃいましたが、交際もお出来になれず、ここ数年聖になりきってしまわれ、今はこれまでと一切の望みを捨ててしまわれました。

*冷泉院 - 源氏の異母弟。実は源氏と藤壺中宮との不義の子
*東宮 - 皇太子




「橋姫」-12
その1
八の宮邸焼け、宇治に移る


そうこうしているうちに、お邸が焼け、八の宮は次々と辛さの増す境遇にとてもがっかりされてしまいました。

京の中には適当なお邸が無く、宇治に風情のある山荘をお持ちでしたので、そこにお移りになりました。

一度お捨てになった世間ですが、もうこれきりと京を離れて住むかと思うと、とても寂しくお思いでした。

花・紅葉・水の流れに心を慰め、 いよいよ物思いをなさり、亡き北の方がいらっしゃったらと、お思いなさらない時はありませんでした。

*北の方 - 妻




「橋姫」-12
その2
八の宮邸焼け、宇治に移る



                   見し人も宿も煙になりにしを
                               なにとてわが身消え残りけむ

:連れ添った妻も長らく住んだ邸も煙となってしまったのに、なぜ私だけ命が消えもせず生き残っているのだろう、生きている甲斐もない:

と亡き妻を恋いこがれていらっしゃいました。




「橋姫」-13
その1
八の宮、宇治山の阿闍梨と交際する


八の宮は、山深い住まいで訪れる人もなく、心が晴れるときもない日々を過ごしていらっしゃいました。

宇治に、学問に優れ世評も良いが、めったに公式の行事に出仕せず、こもり住んでいた、聖めいた阿闍梨(あざり)が住んでおりました。

八の宮が近くに住まれて、寺にお布施をなさり、経文の勉強をなさるので、阿闍梨は八の宮をお敬いしました。




「橋姫」-13
その2
八の宮、宇治山の阿闍梨と交際する


阿闍梨は、宮が今まで勉学なさりご承知のことごとの更に深い意味を説明し、この世がほんの仮の世でつまらない物であるとお教えしました。

宮は
「心だけは極楽往生を願い、濁りの無い蓮の池にも住めるつもりでいるのですが、こんな幼い姫君達を捨てて行くのが心配でとても出家できないのだ」
と心底を割って話されました。 

阿闍梨 - 僧職の名




「橋姫」-14
その1
阿闍梨、冷泉院や薫に八の宮のことを伝える


阿闍梨(あざり)は冷泉院(れいぜいいん)にも親しくお仕えしてお経などお教え申し上げました。

いつものように冷泉院が教典などご覧になった後、阿闍梨は
「八の宮はまことに優れたお方で、仏教に深く通じお悟りが深くていらっしゃる。悟り澄ました御心境でいらっしゃるところは、本当の聖僧のお心構えとお見えになります。」
と申し上げました。




「橋姫」-14
その2
阿闍梨、冷泉院や薫に八の宮のことを伝える

薫も、この世は本当になんの意味も無いものとよく解っていながら勤行(ごんぎょう)など人目にたつほどはせず、むざむざ日を過ごしてきた、出家せず心だけ聖になっておられるお心の持ち方はどのようかと、耳をそばだててお聞きでした。

阿闍梨は
「宮は出家の志はおありでしたが、些細なことで心が鈍り、今となってはお可愛そうな姫君達を見捨てて出家できずお嘆きです。」
と申し上げました。




「橋姫」-15 冷泉院、姫君達に関心を持つ


僧とはいえ阿闍梨(あざり)は音楽をたしなみ
「八の宮の姫君達が、琴を弾き合わせて演奏なさるのが川音に競うように聞こえてきますのは、極楽もかくやと思いやられることでごさいます。」 と誉めますと
冷泉院は
「八の宮が姫君達を心配しておいでのようだが、もししばらくでも私が後に残るようなら、お譲り下さらぬだろうか」
とおっしゃり、なす事もない日々の遊び相手になど、ふと思われました。

この冷泉院は桐壺院の第十皇子で八の宮の弟でいらっしゃいました。




「橋姫」-16 薫、八の宮にひかれる


冷泉院よりも薫のほうがかえって、八の宮が仏道に専心なさるお心構えを、お目にかかって拝見したいものだ、と思う心が深くなりました。

阿闍梨が山に帰る時にも
「八の宮邸に必ず参上して、何かとお教えいただけるように、内々にでもご意向を伺って下さい」
とお頼みになりました。




「橋姫」-17
その1
冷泉院、八の宮と贈答


   (冷泉院)

                   世をいとふ心は山にかよへども
                                八重たつ雲を君や隔つる

:俗世を嫌う気持ちは宇治山に通いますが、このようにお伺いできないのは、あなたが八重に重なる雲で間を隔てているからでしょうか:

阿闍梨(あざり)は、冷泉院(れいぜいいん)のこの文のお使いのお供をして、八の宮邸に参上しました。




「橋姫」-17
その2
冷泉院、八の宮と贈答


当然お訪ねしてよい人の便りもめったにない山住みのお住まいなので、八の宮はお喜びになって、山里らしい趣向を凝らしておもてなしされました。

   (八の宮)

                   あと絶えて心すむとはなけれども
                                世をうじ山に宿をこそかれ

:俗世を捨てて悟りすましているわけではありませんが、世を憂きものと思い宇治山に一時住んでいるのです:

と御返歌されました。




「橋姫」-18 阿闍梨、薫の言葉を伝える


阿闍梨(あざり)は八の宮に、薫の仏道帰依の心が深く見える様子を、報告申し上げました。

また薫の
「法文(ほうもん)等の真意を会得したい願いは、幼い頃から持っていながら、世間を渡っているうちに、俗事に気を取られ、なんとなく仏道修行も怠り、日を過ごしてきましたが、なかなか真似の出来ないお暮らしぶりを伺ってから、心からお頼り申し上げています。」
との御言葉を申しあげました。

*法文 - 経・論など仏法を説いた文章




「橋姫」-19 八の宮、薫と手紙を交わす


八の宮は
「この世を仮の物と悟り、思い通りにならないと知るきっかけがあった時などに、道心も起こるのであろうに。薫中将は若く恵まれた境遇で、後世の事まで考えて、仏法の友でいらっしゃるようだ。私はこうなる運命だったのであろうか。*まるでこの世を厭世(えんせい)せよと仏がしむけてくださるような有様ですが、何一つ会得していないと思われる。」
とおっしゃりお互いに手紙をやりとりされました。

*皇太子に立つ争いに破れてから次々と辛い目にあった事




「橋姫」-20 薫、宇治を訪れる


八の宮のお邸は、聞いていたよりも侘びしい仮そめの草庵で、簡素なお暮らしぶりでした。

その山荘は、ごうごうとした流れの音や波の響きに、夜など安らかに夢を見ることもできない程川風が激しく吹きまくっており、薫は
「姫君達はどんな気持ちで毎日を過ごしていらっしゃるのだろう、普通の女らしい優しいところは少ないのではないか」
と思われました。

仏間との間は障子だけで隔てにしてお住まいらしく、世間の色好みの男達のように薫もどんな姫かおつき合いしてみたいとお思いでした。




「橋姫」-21 薫、八の宮を敬う


しかし薫は、そんな俗世の事で戯れる事は本来のいきさつにそぐわないと反省され、八の宮のご様子がとてもおいたわしいのを心を込めてお見舞い申し上げ、度々参上なさいました。

八の宮は、俗の身での修行ながら、山里で行う深い悟りの心境や、経典等知ったかぶりをせず、とても解りやすく薫にお教えされました。

高貴の方は物事の道理を会得なさるといった面で、格別に優れていらっしゃるので、薫は公務多忙で宇治を訪れずに日が経つ時は八の宮を恋しく思われました。




「橋姫」-22 冷泉院も八の宮に好意を寄せる


薫が八の宮を尊び申し上げるので、冷泉院からも常にお便り等あり、長年人の噂にもめったにお上りにならない淋し気なお邸にも、段々来訪の人影が見えるようになりました。

また何かの事につけて、冷泉院がお見舞い申し上げなさることも大したことで、薫も、風雅なことにも日常のことにもしかるべき事にかこつけて、心を配りご用をお勤めなさり、三年程になりました。




「橋姫」-23 晩秋に薫、宇治を訪れる


秋の末、八の宮は阿闍梨(あざり)の住む宇治山の寺の堂にお移りになって、七日程お念仏をなさいました。

姫君達は大変心細く、所在なく寂しく、物思いに沈んでいらっしゃいました。

薫は久しく宇治を訪れていないとお思いのままに、夜深く有明の月がさしでる頃にご出発なさって誰にも知られないように、お供の物も少なく目立たぬようにして宇治へ行かれました。

*お念仏 - 僧に阿弥陀経を読経させ念仏させること
*有明の月 - 陰暦下旬の月で夜が明けても空に残っている。




「橋姫」-24
その1
宇治への道


薫は、山間に入って行くにつれ、霧が立ちこめて荒々しい風に落ち乱れる木の葉の露で、大層お濡れになりました。

この様なお忍びの外出などめったになさらぬお気持ちには、心細くも物珍しくもお思いでした。


                   山おろしにたへぬ木の葉の露よりも
                                あやなくもろきわが涙かな

:山から吹き下ろす風にこらえきれずに落ちる木の葉の露よりも、むやみやたらにこぼれる私の涙であることよ:




「橋姫」-24
その2
宇治への道


薫は、木こりや炭焼きなど山に住む人々が目を覚ましては面倒と、随身(ずいじん)に先払いの声も立てさせられませんでした。

小さな水の流れを踏みつけて行く馬の足音も、やはり静かにと気をつけていらっしゃるのに、紛れもない薫ご自身の芳香が、風につれて漂い、一体どなたの香りであろうかと、目を覚ます家々がありました。

*随身 - 朝廷から護衛として賜る官人。薫は中将なので四人。




「橋姫」-25 薫、琴の音に気づく


八の宮邸に近くなる程に、何の楽器か聞き分けられない音がとても素晴らしく聞こえました。

薫は、八の宮の琴の音は評判であるがまだ聞けないでいる、良い折であろう、と思って邸内にお入りになると琵琶の音の響きでした。

場所柄のせいか初めて聞くような気がし、掻き返す撥(ばち)の音も澄んだ感じで風情がありました。

箏の琴(そうのこと)は胸に浸みいるような優雅な音色でとぎれとぎれに聞こえました。

*箏の琴 - 13絃の琴




「橋姫」-26
その1
宿直人、薫を案内する


薫はしばらく聞いていたいので、隠れていらっしゃいましたが、宿直人がご来訪の気配を聞きつけて出てきました。

薫が
「今まで姫君達の琴の噂は聞いていたが実際にお聞きしてしていない。良い折りだ。しばらくちょっと隠れて聞ける様な物陰はないものだろうか」 とおっしゃると、
宿直人は
「誰も聞きません時はかように合奏なさいますが、下人でも居る時は音をおたてになりません。八の宮は姫君達がいらっしゃることを世間にお知らせすまいとお考えです」
と申し上げました。 




「橋姫」-26
その2
宿直人、薫を案内する


薫は
「世間では世にも珍しい例としてお噂を聞き出して知っているらしいのに。構わず案内してくれ。私は色めかしい心等持ち合わせない人間だ。姫君達がこうしてお暮らしのご様子が不思議で、全く普通のこととはお見受けできないのだ。」
とおっしゃいました。

宿直人(とのいびと)は竹の透垣(すいがい)を立て廻らして、すっかり別の囲いなのを教えてお連れ申しました。

*宿直人 - 夜の泊まり番の人
*透垣 - 間を少し透かした目隠しの垣
*琴 - 絃楽器の総称 




「橋姫」-27 薫、姫君達を垣間見る


薫が透垣の戸を少し押し開けて中をご覧になると、簾を高く巻き上げて姫君達が月をご覧になっておられました。

中の君が柱に少し隠れて座って、琵琶を前に撥を手に座っていらっしゃいました。お顔はとても可愛らしく色艶も美しい人らしくみえました。

琴に身をもたせかけている大君は又一段と落ち着きがあり優雅でいらっしゃいました。

まるでよそながら想像していたのとは違い、とても優しくしみじみとした風情があり素晴らしく、どうやら姫君達に心が移っていきそうだと薫はお思いでした。




「橋姫」-28 姫君達身を隠す


霧が深くお二人の姿がはっきりと見えそうにもないので、薫がまた月が出て欲しいと思っていらっしゃると、奥の方から「お客様です」と申し上げた人があるのか、簾(すだれ)を下ろして皆中に入ってしまわれました。

あわてた風ではなくゆったりと穏やかな物腰で、そっと身を隠した姫君達のご様子は、衣擦れ(きぬずれ)の音もせずおいたわしい感じで、しかも大層上品で優雅でいらっしゃり、薫は愛しいとお思いでした。

*衣擦れの音もせず - 着古して糊の落ちた衣装




「橋姫」-29 薫、姫君達に挨拶


薫は侍に
「参上している旨をお伝えせよ。ひどく霧に濡れたお恨みも聞いて頂こう」
とおっしゃいました。

姫君達は姿形まで見られたとは思われず、琴の音を聞かれたのではないかと、また不思議にいい匂いのする風が吹いてきたのを、予想もしない折なので気づかなかった事を、心も乱れて恥ずかしがっていらっしゃいました。

薫は御簾の前に膝まづき
「御簾の前では落ち着きません。その場だけの気持ちでない事は露に濡れつつ何度も参っていることでお解り頂けることと思います」
とおっしゃいました。




「橋姫」-30 薫、大君と語る


年輩のすらすら対応申しあげられそうな女房を起こしている間に、大君が
「何事もわきまえのない私達でございまして、どうして知った風にお答え申し上げられましょう」
と、とても雅やかな、気品のある声でかすかにおっしゃいました。

薫が
「話し相手もないまま一人淋しく日を送っている私の世間話を聞いて頂き、一方、物思い等なさっていらっしゃる時の慰めにと親しくさせて頂けましたらどんなに満足でしょう」
と次々おっしゃるので大君は気詰まりで答えにくく、老女が出できたので譲られました。




「橋姫」-31 老女、薫に挨拶


薫は老女が
「まあもったいない。お部屋の中へお入れすべきです。お尋ね下さっても良い方でも遠のかれる一方ですのに、ご親切の程はなんと申して良いかわからぬ程です。姫君達もお解りですが申し上げ難いのでございましょう」
と物慣れた口をきくので嫌だと思われましたが、ひとかどの人らしく優雅な感じがするので
「心細い思いでいましたが良くおわかり下さっている頼もしさはこの上もないことです」
とおっしゃいました。

老女が几帳の端から見ると狩衣姿の薫が見え、不思議な芳香が満ちておりました。




「橋姫」-32 老女、薫に語る


この老女が
「悲しい昔のお話で、長年どのような折にその端なりとも知って頂こうかと案じておりました。せっかくの良い折ですのにお話もせぬうちから涙に目もくれまして、とても申し上げられそうもございません」
と、泣いている様子は、真実とても何事か悲しんでいる様子でした。

薫は年を取った人は涙もろいものと聞いてらっしゃいましたが、こう悲しんでいるのもおかしいと思われて
「嬉しい折ですので何事も残さずお話し下さい」
と、おっしゃいました。




「橋姫」-33
その1
老女、昔を語る


老女は
「ご存じではありませんでしょうが、権大納言の君(ごんだいなごんのきみ)のお噂として伝え聞かれることもございましょう。お亡くなりになって、余りたっておらず、その折の悲しさも涙に袖のかわくひまもございませんように存じられますのに、このようにご成人されたお年を考えましても夢のようでございます。あの権大納言の君の乳母は弁(べん)の母でございました。

*権大納言の君 - 柏木のこと




「橋姫」-33
その2
老女、昔を語る


私・弁が朝夕お仕え申しておりましたところ、大納言の君が、誰にも話されずお心にお収めきれなかったことを折々私に、お漏らしになられたのです。御病気の末ごろ、いよいよ御最期の時に少しばかり御遺言がございまして、ぜひお耳に入れねばならない訳あることが一つございます。終わりまでお聞きになられたいとお思いのお心がございましたら、いずれゆっくりと全てお聞き頂くことにいたしましょう。」
と申し上げましたが、さすがにその後は言いだしませんでした。




「橋姫」-34 薫、弁と再会の約束


薫は弁の話がいぶかしく、夢のお告げの話かと思われましたが、本当の事が知りたいと思っていらした事について弁が申し上げるので、もっと知りたいとお思いでした。

しかし、突然昔話に関わって夜を明かすのもぶしつけな事と思われ
「はっきり思い当たる事は無いのですが、昔の事と聞きますとしんみりとします。必ずこの残りをお聞かせ下さい」
とお立ちになると、八の宮がおいでになる寺の鐘の音がかすかに聞こえて、霧が深く立ちこめていました。

*薫は女三の宮(源氏の妻)と柏木との不義の子




「橋姫」-35
その1
薫、大君と歌の贈答



                   あさぼらけ家路も見えず尋ね来し
                                槇の尾山は霧こめてけり

:明け方の霧で帰る路も見えず尋ねてきました槇の尾山(まきのをやま)は霧が立ちこめています。心細いことです:

と薫は帰りかけて引き返し、霧に閉じこめられた心細さを訴えました。

この去りがてら佇んでいるご様子は、都の見慣れている人々でも格別すばらしいと申し上げる程でした。




「橋姫」-35
その2

薫、大君と歌の贈答


山里の女房達は気後れして御返歌を取り次ぎにくそうにしていると、大君がまた前のように遠慮がちに御返歌されました。


                   雲のゐる峰のかけ路を秋霧の
                                いとど隔つるころにもあるかな


:雲のかかっている峰の山の路を秋霧がたちこめて父君との間をいよいよ隔てるのです:

御返歌は少しため息をついていらっしゃるご様子で深く胸に迫ってくるものがありました。




「橋姫」-36 薫、物思い


薫は明るくなってゆくので、さすがに露わな感じがして恥ずかしく、宿直人(とのいびと)が準備した部屋で物思いに沈まれました。

粗末な舟に柴を刈って積み、何という事もない家業のために、宇治川を往来している舟の姿が危なっかしい急流に浮いているのは、誰も皆考えてみれば同じ様なこの世の無常の姿である。

自分は水の上に浮くような心細い身の上でなく安泰な境遇と思ってよいこの世であろうか、と思い続けられました。




「橋姫」-37 薫と大君、歌の贈答
薫は硯を取り寄せて姫君達の所に歌を贈られました。

                   橋姫の心をくみて高瀬さす
                                棹のしづくに袖ぞ濡れぬる


:姫君達の淋しいお心を察して浅瀬を漕ぐ棹の雫(涙)で袖が濡れました。さぞ物思いに沈んでいらっしゃいましょう:

                   さしかへる宇治の川をさ朝夕の
                                しづくや袖を朽し果つらむ


:棹をさし帰る宇治川の渡し守は朝夕雫に袖を濡らしてすっかり朽ちさせていることでしょう。私の袖も涙で朽ち果て涙で身も浮く程です:

薫は感じの良いお方だと大層大君に心ひかれました。




「橋姫」-38 薫、帰京し大君に文を贈る


薫は、お二人の姫達が想像していたよりはずっとすばらしく、風情のあったご様子が目先にちらついて、やはりなかなか捨てにくいこの世だと思い知られました。

そして大君に文を恋文めいた風ではなく、筆を選んで見事にお書きになりました。

--始めてのお目通りで失礼かとお話し残した事が沢山あるのも辛う存じます。今後は御簾の前に座ることも気軽にお許し下さいますように。八の宮の山籠りがお済みになりましたらまた伺いましょう--

寒げであった宿直人にも折り詰めを沢山作らせになりました。




「橋姫」-39 薫、御寺にも贈り物


薫はその翌日、八の宮が籠(こ)もっておられる宇治山の阿闍梨(あざり)の寺にもお見舞いを申し上げなさいました。

山籠もりの僧達には、晩秋の嵐が心細く辛いことであろう、八の宮が籠もっておられる間のお礼に布施(ふせ)をお与えにならねばなるまい、とお察しされました。

その日は宮がお勤が終わって山をお出になる朝であったので、綿・絹・袈裟(けさ)・衣等一揃いずつ全部の僧達にお与えになられました。

*布施 - 僧にほどこし与える物




「橋姫」-40 宿直人の困惑


前に薫が宇治を訪問された際、霧に濡れた狩衣(かりぎぬ)を宿直人(とのいびと)にご褒美として脱ぎ与えられました。

宿直人はそのなよやかで、えもいえず良い匂いな狩衣をそのまま身につけていますが、身は変えられぬものなので、会う人ごとに怪しまれたり誉められたりし、かえって身の置き所もない思いなのでした。

気安く振舞うことができず、この匂いを無くしてしまいたいと思いましたが、大層な移り香で洗い捨てることもできませんでした。

--あんまりですこと--




「橋姫」-41 宇治から薫に返事
薫は大君のお返事が整っていて大らかなのを趣があるとご覧になり、また八の宮からも色々なお見舞い品が山寺には過分であったお礼が届くと、宇治に伺おうと思われました。

また宇治では女房達が八の宮に薫からのお便りをお目にかけると
「いや、なに。色恋めいてお扱いされるのもかえってよくないだろう。 世間の若者と違う御性分の様なので、一言、死後の後見を等とお願いしたので、そういうつもりで気にかけているのだろう」
とおしゃいました。




「橋姫」-42 薫、匂宮に語る


薫は姫君達の事をお話し羨ましがらせ、気をもませてさしあげようとのんびりした夕方に匂宮を訪ねられました。

薫が思った通りに匂宮は一途に興味をお持ちになりますので、薫は益々お気持ちが傾くよう次から次へとお話になりました。

「山里の様な人目につかぬ場所に、魅力のありそうな物思わし気な女性が何かといる物の様です。ほのかな月の光で見た顔・形がその通りの器量なら満点と言えましょう。人柄の感じや態度も理想的な女と思うべきでしょう」
と申し上げなさいました。




「橋姫」-43
その1
匂宮、姫君達に魅かれる


匂宮は終には、並大抵の人には心を動かしそうにない薫が、こうまで深く魅かれているのは並々の事ではあるまいと、姫君達への関心が高まり、何かと制約のある高貴の身分の窮屈さを苛立たしくお思いでした。

薫は宮のその様子がおかしくて
「いや、つまらぬ事ですよ。しばらくでもこの世に執着を残すまいと存知ます身で、女性に心を止めて押さえかねる思いが起こりましたなら、本意に違うような事も起こりましょう」
と申し上げました。




「橋姫」-43
その2
匂宮、姫君達に魅かれる


匂宮は
「何と大げさな。例によって物々しい修行僧ぶった口振り、末を見届けたいものです」
と言ってお笑いになられました。

薫は心の内では、老女・弁の仄めかした話等がいよいよ心を騒がせ悲しいので、美しいと聞く人のことも少しも御心にとまりませんでした。




「橋姫」-44 薫、再び宇治を訪れる


薫は10月の始めに人目につかぬよう身軽に、微行の姿で宇治へいらっしゃいました。

八の宮はお喜びで、山里にふさわしいご馳走などを趣向を凝らしてご用意されました。

日が暮れると大殿油(おおとなぶら)を近く取り寄せて、前々から読みかけになっていた経典の意味深いか所等を、宇治山の阿闍梨にも来てもらって、少しも眠らずに解釈等おさせになりました。

宇治は川風が大変荒々しく、木の葉の散り交う音や水の響き等、ものの哀れも通り越してもの恐ろしく心細い風情でした。

*10月 - 初冬




「橋姫」-45 八の宮、琴を弾く


薫が明け方近くに先日の姫君達の合奏を思いだされて
「この前伺った時、霧に惑わされた明け方に誠にすばらしい楽の音をほんのちょっと承りましたが、もう少し聞きたく心残りでなりません」 とおっしゃると、
宮は
「美しい花の色も香も一切捨ててしまってからは昔聞いた音楽も忘れてしまいました」
といって琴をお弾きになったのが大層あわれ深く心に浸みました。

それは峰の松風が興を添えている為でもありましょう。

宮はいかにも不確かで良く思い出せぬ風をなさって一曲でおやめになりました。




「橋姫」-46 姫君達、合奏せず


八の宮は薫に
「姫君達が時々かすかに鳴らす箏(そう)の琴の音は、自分達の心に任せて弾いている様子なので役に立つ様な拍子などもとれまいと思います」 と言って、
姫君達の方へ
「お弾きなさい」
とおすすめされました。

姫君達は薫がお耳になさったというだけでも恥ずかしいのに、さぞ聞き苦しいだろうと尻込みなさって、宮が何度かお勧めになってもお弾きにならない様なので薫は残念にお思いでした。

*琴は弦楽器の総称、箏の琴は一三弦




「橋姫」-47 八の宮、死後を薫に託す


こんな姫君達の風変わりな境遇を薫は不本意な事と悲しまれました。

八の宮は
「娘がいることを世間に隠して育ててきましたが、今日明日とも解らない身には、二人が落ちぶれて流浪するかと思うと、こればかりが世を離れる際の心残りでした」 と胸の内を話されるので、
薫が
「特別のお世話役めいた、しかとした形ではごさいませんでもお心おきなくお思い下さい。命のあります間は一言でもお約束を違えぬ所存でございます」 と申し上げると
宮は
「大変嬉しいこと」
と、お口になさいました。




「橋姫」-48 弁、薫に語る


薫はその明け方、八の宮が勤行をなさる間に例の老女、弁を召しだされてお会いになりました。

弁は齢60の少々前ですが優雅な上品な様子で、柏木の君がずっと物思いを重ねて病になり若くしてお亡くなりになられた様子を申して、泣くこと限りありませんでした。

薫は長の年月気がかりで真相を知りたく思い、一体事の始まりはどうだったのかと、仏にもはっきりお教え下さいと念じたおかげで、思いもかけぬ機会に昔語りを耳にしたのであろうかと思うと、涙を押さえられずにおられました。




「橋姫」-49 柏木の遺言

薫が
「こうした容易ならぬ、気恥ずかしく思われる事について、この様に知り伝える人が他にいるのでしょうか」 とおっしゃると
弁は
「小侍従と弁以外には知る者はおりますまい。一言も他人には話しておりません。柏木様がお心にお納めかねてお悩みの時、弁と小侍従を取り次ぎとしてたまの御文通もありました。いよいよご最期の時に少々御遺言がございまして、また、お目にかけるべき物もあります。」

と泣く泣く薫のお生まれになられた時のことも良く思い出しては申しあげました。



「橋姫」-50 弁の過去


弁が

「柏木様が亡くなられた騒ぎで、母はそのまま病づき世を去ってしまいました。私は大変がっかりし、亡き人の事ばかり忍んでおりましたうちに、身分の良くない、好意を寄せておりました男が、私をだまして薩摩の国まで連れて行きました。その夫も亡くなり十年程して、再び都に上って参りました。八の宮様は父方の縁がございまして、この様に奥山で朽ち木の様な身になっているのでございます。小侍従はいつ亡くなったのでございましょう」

と申しあげるうちに今夜も又明けてしまいました。




[橋姫]-51 薫、手紙を受け取る


薫は
「小侍従は私が5〜6才の頃急に胸を病んで亡くなったと聞いています」
とおっしゃいました。

弁は、
小さく固く巻き合わせた手紙の黴臭いのを袋に縫いこんである、それを取り出してさしあげ
「これは貴方様がご処分下さい。柏木様が『私はもう生きられそうにもなくなった』とおっしゃられて、これらのお手紙をお下げ渡しになりました」
と申し上げました。

薫はさりげなくお手紙は隠され、弁が他言はしないと返す返す誓いましたが、老女の昔語りで、話したりしないかとあれこれ悩まれました。




「橋姫」-52 薫、宇治を去る


薫は堅粥(かたがゆ)・蒸し飯など召し上がりました。

そして
「昨日は公の用のない日でしたが、今日は帝の御物忌(ものいみ)」も終わったことでしょうし、冷泉院(れいぜいいん)の女一の宮(おんないちのみや)の御病気のお見舞いに必ず伺わなければいけませんので、改めて紅葉の散らないうちに参りましょう」
と八の宮に申し上げなさいました。

宮は
「このように度々お立ち寄り下さるおかげで、山奥の山荘も少し明るくなった心地がいたします」
とお礼を申し上げなさいました。




「橋姫」-53
その1
薫、手紙を読む


薫は京に帰られてまずこの袋をご覧になると、柏木の御名で封がしてあり、開けるのも恐ろしくお思いでした。

中には色々な紙で書かれた女三の宮からのお返事が五・六通ありました。

その他には柏木の筆跡で、病が重く最期となってしまったので再び簡単なお手紙を差し上げることも難しくなったが、お会いしたいという思いはつのるばかりだし、お姿もお変わりでしょうが(女三の宮は出家)、あれもこれも悲しいということを五・六枚の紙にこまごまと書いてありました。




「橋姫」-53-その2 薫、手紙を読む


そして端に

                   命あらばそれとも見まし人知れず
                                岩音にとめし松の生ひ末


:命さえあればひそかにあれが我が子と見ましょうものを。誰も知らない岩根に残した松の生長ぶりを:

と書きさしの様に、大層筆跡も乱れていて「小侍従の君に」と表に書き付けてありました。

薫は古ぼけて黴臭いが、筆跡は消えないではっきりしているのをご覧になるにつけ、なるほど、人目に触れでもしたら大変なことだったとお思いでした。




「橋姫」-54 薫、母宮を訪ねる


薫は参内(さんだい)しようとお思いでしたが、この様な事が世にまたとあろうかと出かける気になられませんでした。

薫が母宮(女三の宮)のお前に参られると、母宮は全く何の心配も無く若々しいご様子で、経を読んでいらっしゃったのを恥ずかしそうにお隠しになられました。

--当時、経文を読む事は女らしくないとされていたので、尼の姿でも恥じたと思われます--

薫は何で秘密を知ったと母宮にお気づかせ申し上げられよう、等と一切を胸に込めて、あれやこれや考え込んでいらっしゃいました。

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