紫式部について

紫式部について
生年・没年 973年〜1014年 (42歳か45歳)
藤原為時(ためとき)
越後や越前の国主を歴任した受領階級の中流貴族の文人
弟を産むとすぐに亡くなる
兄弟 姉と弟

藤原宣孝(のぶたか)・中流階級の官人
17歳程年上のいとこ

賢子(けんし あるいは かたいこ)
紫式部 28歳頃誕生

 

973年

紫式部誕生
998年 藤原宣孝と結婚 紫式部(27〜28歳)・宣孝(45〜46歳)
999年 娘・賢子誕生
1001年 夫・宣孝、突然死亡
この頃より「源氏物語」の創作を始めたらしい。
1005年 一条帝の中宮・彰子のもとへ出仕
1013年頃まで出仕
1014年 式部死亡 (45〜46歳)

 <上記の年代は研究者の方々による推定です>

 

紫式部の本来の名前は不明、一説に香子という。 「紫」は小説の紫上に、「式部」は父親の官名の「式部丞」に由来する。
父・為時が弟に「史記」を教えている時に、傍で聞いていた紫式部が先に覚えてしまい、式部が男の子であったら、と残念がった、という話は有名。
家系には文人が多く曽祖父は歌人で有名な藤原兼輔

道長に請われて出仕するが、学才ゆえに「日本紀の御局」ーにほんぎのみつぼねーとあだ名され周囲から冷たくされる等、紫式部は宮仕えにあまり乗り気ではなかったらしい。
彰子に「史記」等を教えていたが、女房達にはボケた振りをしていたらしい。