[ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 ]

[ 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 ]

[ 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 ]

[ 61 62 63 64 ]




「椎本」-1 匂宮、初瀬に詣でる


2月20日頃に匂宮は初瀬(奈良の長谷寺)にお参りなさいました。

前々からの願(がん)のお礼参りの為でしたが、思いたたれず何年にもなってしまったのを、宇治辺りに途中お泊まりになりたいという気持ちから、お出かけになる気になられたのでしょう。

上達部(かんだちめ)が沢山お供申し上げなさいました。殿上人(てんじょうびと)等はいうまでもなく、後に残る人がほとんど無いほど大勢お供申し上げました。

    *上達部 -- 公卿
    *殿上人 -- 殿上にのぼる事を許された者




「椎本」-2 夕霧右大臣の宇治の別荘


夕霧は光源氏から相続し、川向こうに広々として趣のある別荘をお持ちで、そこに、匂宮お泊りの準備をおさせになりました。

夕霧も匂宮のお帰りのお出迎えに参上なさるおつもりでしたが、急の重い御物忌(ものいみ)でお迎え叶わず、お詫びを言上なさいました。

匂宮は少々興をそがれたお気持ちでしたが、薫がちょうどおいでになられたので、返って気楽で姫君達への橋渡しも薫にしてもらえるだろうと御満足でした。

匂宮は夕霧を打ち解けにくい肩の張る方とお思い申し上げていました。




「椎本」-3 匂宮、宇治にくつろぐ


匂宮は、父の帝も母の中宮も、格別にお思い申し上げていらっしゃる宮様なので、世間の御声望も高く、まして源氏のご一門の人々は皆、親身にお仕え申していらっしゃいました。

夕霧の山荘は、お部屋の模様など、それにふさわしい風情のあるしつらいで、碁・双六(すごろく)等してそれぞれが、気ままにその日をお暮らしになりました。

匂宮は珍しい遠出にお疲れになられ、宇治に泊まろうとのお心も強いので、少休憩の後、夕方、御琴など取り寄せてお弾きになられました。




「椎本」-4 八の宮、楽の音を聞く


この様に閑静な所は水の音も引き立て役になって、楽の音色も特に冴える感じであり、八の宮は、山荘がほんの棹一さしの対岸なので、追風に乗って聞こえてくる音を聞かれると昔のことが思い出されました。

「横笛をとても見事にお吹きになっている。誰であろう。
昔、六条院(源氏)の笛の音を聞いたが、風情たっぷりで心をそそられる音であった。
これは冴えきった音色で風格が感じられるのは、致仕の大臣(ちじのおとど・柏木の父)の御一族の笛の音に似ているようだ」

等と独り言をおっしゃられました。




「椎本」-5 八の宮の思い


八の宮は

「ああ何とも遠い昔の事になってしまった。かような管絃の遊びもせず、世に在るとも言えぬさまで過ごしてきた年月が多いのはふがい無いことだ」

とおっしゃいました。

が、そうおっしゃいながらも、姫君達のお美しさがもったいなく、

「こんな山中に埋もれさせておきたくない。宰相の君(薫)は姫君達の婿にしたいような人柄であるが、その様に考えるわけにもゆかない様だ、まして近頃の軽薄な男では話にもならない」

とお思い悩まれました。




「椎本」-6 翌日、八の宮よりお歌


見渡す限り霞のかかった空に、散る桜や、今咲き始めた桜が色とりどりに見渡せ、また、柳が風になびいて起き伏しするのが水に映り、ひとかたならず風情があるのを、見慣れていらっしゃらない匂宮は、大変めずらしく立ち去り難い思いでいらっしゃいました。

薫は、この好機に山荘にお伺いしたいとお思いでしたが、沢山の人目を避けて一人で舟をこぎ出して川をお渡りになるのも、軽々しい振舞かとためらっていらっしゃる所へ、あちらからお手紙がありました。




「椎本」-7 匂宮より返歌


八の宮

山風に霞吹きとく声はあれど          
          へだてて見ゆるをちの白波

          :山風に乗って霞を吹き分けてくる笛の音は聞こえますが、
           そちらの岸の白波は私達の間を隔てていると見えます:

と草体で美しく書いていらっしゃいました。匂宮はお目当ての所からのお便りでしたので

          をちこちの汀(みぎわ)に波はへだつとも
                    なほ吹きかよへ宇治の川風

:波がそちらこちらとお互いを隔てても、それでも 宇治の
川風は
川を吹き渡って、便りを届けて欲しい:

とお返歌されました。




「椎本」-8 薫、山荘を訪問


薫は、管絃に興の乗った貴公子達を誘って、八の宮の邸へ舟に棹(さお)さして参上されました。

ここは、山荘なりにいかにも風情があり、奥ゆかしいお邸で、簡素で風雅なお部屋のしつらいを、きれいに掃除し整えてありました。

昔から伝わった二つと無い音色の琴等があって、同行の人々が次々とお弾きになり、八の宮は筝(そう)の琴を軽く時々合奏されました。

若い同行の人々は、とても深みがあり素晴らしいと感じいっておりました。

       *琴 -- 絃楽器の事
 
       *筝の琴 -- 13絃の琴




「椎本」-9 八の宮、歓待


八の宮は、山荘という土地がらにふさわしいご馳走をとても風流になさいました。

かねてから八の宮にご同情申し上げていたのでしょうか、宮家ゆかりの素性卑しからぬ人々が皆参り集まり、また、お酌する人もこざっぱりとして、こうした宮家らしく古風にいかにも雅趣のあるおもてなしをなさいました。

        -- 客人達の中には、姫君達が住んでいらっしゃる所のご様子に心ひかれる人もあったことでしょう --




「椎本」-10 匂宮、歌を贈る


匂宮は、気軽に振舞えない身分を普段から窮屈に思っていらしたものですから、せめてこうした折にでも、と気持ちを抑えかねて、みごとに咲いた桜の枝を折らせになり、お供のかわいらしい童(わらわ)をお使いにして、歌をさしあげなさいました。

山桜にほふあたりに尋ね来て          
          同じかざしを折りてけるかな

:山桜の咲き匂う、この宇治にやってきて、同じかざしを折ったことです:

     *童―少年
     *かざしー花や枝などの頭にさす飾り




「椎本」-11 中の宮、返歌


姫君達は御返事しにくくお困りになりました。

しかし、年老いた女房達が「こうした折のお返事は、大げさに時がたつのもかえって気のきかぬことでございます」と申し上げるので、八の宮は中の君にお書かせになりました。

かざし折る花のたよりに山がつの          
          垣根を過ぎぬ春の旅人

:あなたは、かざしの花を折るついでに山人の垣根を
お通りになっただけの通りすがりの春の旅人です。
わざわざ私達を目指していらしたのではございません:

と、とても美しく上手にお書きになりました。
 




「椎本」-12 匂宮、帰京


じつに、川風もあちらとこちらを隔てぬかの様に吹き通い、人々はその風に乗った楽の音色も面白く合奏なさいました。

帝の仰せにより匂宮のお迎えが参上され、人々は大勢一緒におなりになって、にぎやかに、先を争うようにお帰りになられました。

若い人達は飽き足らない思いで、後を振りかえってばかりいらっしゃり、匂宮は、また良い折をみつけて、と思われました。花の盛りで、四方の霞もとても見所がありました。




「椎本」-13 匂宮の文に中の君お返事


匂宮は何かとあわただしくて、思い通りに文通もできずにしまったことを、残念に思われておりましたので、薫の手引きなしでも八の宮邸にお手紙はいつもありました。

宮が

「お返事は出しなさい。色めいたお手紙といった扱いはしないようにしよう。色の道にはご熱心な親王(みこ)なので、気になるというだけの御遊び心であろう」

と返事をおすすめになる折々は、中の君がお返事をお書きになりました。

大君はかようの事には冗談にも手を染めようとはなさらない思慮深いお人柄でした。




「椎本」-14 八の宮、姫君達を思う


八の宮は、日々心細いお暮らしぶりなので、春の日長の所在無さは、ひとしお身を持て余して物思いに耽っていらっしゃいました。

姫君達が、年と共にますます優れて申し分なくお美しいのも八の宮にはかえって御心苦しく、

「姫君達がそう美しくもないのなら、このまま山里に朽ちさせるのがもったいない・惜しいといった思いは薄くもあろうに」

と日夜お思い悩まれました。

大君は25才、中の君は23才におなりでした。

貴族の女子の婚期は14・15才。二人は既に婚期を逸しています。さて、いよいよ佳境に




「椎本」-15
(その1)
八の宮、死を思う


八の宮は重く身をお慎みにならねばならぬ*お年でした。

なんとなく心細く、仏前の勤行を常より熱心になさいました。

この世になんの執着もお持ちでなく、死出の旅へのお支度のことばかりお考えでしたので、極楽往生は間違い無いのですが、姫君達をお案じの余りいよいよお二人を残して行かれるご臨終の時の心はお乱れでしょうと、お仕えする人々は推察申し上げました。

      *61才の厄年




「椎本」-15
(その2)
 


宮は、理想道りとはゆかなくても、人並みで外聞が悪くない程度の人で、真心を持ってお世話してくれる人がいたら黙認して婿に迎えよう、それぞれが生活できる拠り所があれば安心できるが、とお思いでしたが、そうまで深い気持ちで姫君達に言い寄る人もいませんでした。

まれに、落ちぶれた宮家を軽んじる態度で、旅の途中の慰みに気のありそうな文をよこす若者もおりましたが、宮は、なおざりなお返事すらおさせになられませんでした。

そんな中、匂宮はぜひにも姫君を我が物にというお心が深くていらっしゃいました。




「椎本」-16 薫、昇進し、柏木を想う


薫はその年の秋に中納言に昇進されました。益々御威勢盛んになられ、お役目がご多忙になるにつけてもお悩みになることが多くありました。

御自分の出生の秘密がどういう事情であったのかと不安に思い続けてこられた年月よりも、お気の毒な生涯を送られた実父(柏木)の事が思われるにつけて、その父君の罪が軽くおなりになるように勤行(ごんぎょう)をしたい気持ちにおなりでした。

あの老女・弁をけなげな者とお心にかけて、目立たないように何かと人目をつくろいながら、おいたわりなさいました。




「椎本」-17 薫、7月に宇治を訪れる


薫は春に宇治を訪れてから久しくなってしまった事を思い出して、宇治へ参られました。

それは7月頃になっていました。

都にはまだ訪れない秋の気配が、音羽の山近くでは風の音も大変冷ややかで、槙の尾山(まきのをやま)辺りもわずかに色づいており、薫がなおも山路を尋ね来て見ると、風情に富み珍しくお思いでした。

八の宮はなおさらのこと、いつもより薫の訪れをお喜び申され、この度は、心細げなお話をたいそうなさいました。 

             <八の宮は死を予感している風> 

       *陰暦7月―秋




「椎本」-18 八の宮、薫に姫君達の後見を依頼


八の宮が

「私が亡くなった後、この姫君達を何かのついででも訪れ、お見捨てにならないものとして心にお留め下さい。」

等とそれとなく申し上げなさるので、薫は

「一言でも受け賜ったからには、決しておろそかには思いません。この世の事に執着をもつまいと、あっさりとしています身で、何事も頼りなく前途が心細意のですが、生きている限りは変わる事の無い私の心ざしを、ご覧になって頂きたいと存じます。」

等と申し上げなさると、八の宮は嬉しくお思いでした。




「椎本」-19 八の宮の思い出


夜更けの月が雲間から明るく顔を出して山の端に沈む頃、八の宮はしみじみとお念仏をなさって、昔の思い出話をされました。

「近頃の世の中ではどうなっているのでしょうか。
昔、宮中などでこの様な秋の月の晩に、帝の御前の管絃の催しで、音楽の上手と思われる人だけが合奏した物々しい演奏よりも、その道に優れていると評判の女御・更衣の局の人々が  -内々、帝の寵愛を競いながら表面は仲良くしているのですが- 夜更けて悩み深く訴えるようにかき鳴らす琴の音等の方が聞き応えがあったものです。
何事にも女は慰みごとのきっかけとなり、頼りなく気を揉ませる種になるものだ。
ですから女は罪深いのでしょうか。女には女の運命があって、諦めねばならないとしても気にかかるものだ。」

等と世間話にかこつけておっしゃられました。

薫は、そうおぼしめすに違いないと、八の宮の心中をおいたわしく推察されました。

帝の寵愛を失い、かき鳴らす琴の音にはどんな思いがこめられているのでしょうね。
---  寂しい 哀しい 切ない やるせない 恨み 嫉妬 怒り 憤り  ---
 > 
 



「椎本」-20 薫、姫君達に琴を望む


薫は

「全て心からこの世への執着を捨ててしまったからでしょうか。私自身の事としましては、深く身についた事はございませんが、音楽を愛する心は捨てがたい事でございました」

と申し上げました。

そして、いつぞやほんの少しだけ聞いた姫君達の琴の音をしきりにお望みなさるので、八の宮は、薫と姫君達のお付き合いのきっかけにでもとお思いなされたのでしょうか、琴を弾く様熱心にお勧め申し上げなさいました。

姫君は筝をほんの少しかき鳴らしてお止めになられました。



「椎本」-21 八の宮、仏間に入る


八の宮は「とにかくこの様にひき合わせました後は若者同士にお任せしましょう。」と、仏間にお入りになられました。 

「 われなくて草の庵は荒れぬとも このひとことはかれじとぞ思ふ

:私が亡くなってこの草庵が枯れてしまっても、このお約束の一言は枯れることなく、私のお願いは聞き届けて頂けるものと思います:

こうしてお目にかかりますこともこの度が最後でしょうかと、心細さに耐えかねてつい愚痴を沢山申し上げてしまいました。 」

と八の宮はお泣きになりました。

薫は

「 いかならむ世にかかれせむ長き世の 契りむすべる草の庵は

:どのような世になりましょうとご無沙汰はいたしません。 末永くとお約束を結びました草の庵には:

公事の忙しい時が過ぎましたらお伺いしましょう。 」

等と申し上げられました。



「椎本」-22 薫、弁・姫君達と語る


こちらで薫は、老女・弁を呼び出して、色々とお話になりました。

入り方の月が明るくさし込んで薫の透影が優美に映り、姫君達も奥の方においででした。

薫が色めかず、考え深く静かにお話を申し上げなさるので、姫君達もしかるべきお返事等申し上げられました*。

この様に言葉を交わし四季折々の花・紅葉に託して風情や気持ちを通じ合うと、姫君達はなかなか気の利いたお相手なので、よそに嫁がれるような事があればやはり残念に違いなく、薫はもう自分の物という気がするのでした。

     *弁を介して



「椎本」-23 薫、帰京。匂宮、中の君とお手紙


薫は明け方暗いうちにお帰りになりました。

そして八の宮の、心細く、これから先も長くないようにお思いであったご様子を思い出し申し上げられ、忙しい時期を過ごしてから伺おうとお思いでした。

匂宮も、秋に紅葉を見に宇治へいらっしゃろうと、良い機会を色々ご思案され、宇治にお手紙は絶えずさしあげなさいました。

中の君は匂宮が本気でいらっしゃるともお思いにならないので、気軽に何気ない態度で時々お手紙をやりとりなさいました。



「椎本」-24 八の宮、姫君達へ遺言


秋深くなるにつれて、八の宮は大層心細くお感じで、例年の様に静かな阿闍梨(あざり)の山寺でお念仏に打ち込みたいとお思いになり、姫君達にもこれからの心得をお話申し上げられました。

「死別とは避けられない事ですが、お世話を頼める人もなく心細げな境涯のお二人を見捨ててしまうのは辛いことです。
しかし、その様な心配事で成仏できないというのも情けない事ですし、捨てた世なので、死後の事は色々思うべきではありませんが、私だけでなく、亡き母君の為にも軽率な行いをされない様に。
頼りにならない人の甘い言葉に誘われてこの山荘を出られてはいけません。
人とは違った運命の身の上と思われて、ここで一生を終えようと心をお決めなさい。
一途に覚悟してしまえば年月は過ぎて行くものです。
まして女は、ひっそりと閉じこもって不体裁な世間の非難を浴びない様にするのが良いでしょう」

等とおっしゃいました。

姫君達は先の事は考えられず、父君に先立たれ申しては片時も生き永らえないとお思いなのに、この様に心細い行末のお話に言いようもなくお嘆きでした。


この遺言は姫君達にとても大きな影響を与えます
 



「椎本」-25 八の宮、姫君達の行く末を嘆く


八の宮は、明日、阿闍梨(あざり)の山寺にお籠りになろうという日に、いつもと違って山荘のあちこちを立ち止まりながら歩き回りご覧になりました。

まことに頼りなくほんの一時の宿として過ごしてこられたお住まいの暮らしなのに、自分が亡くなった後どのようにして若い姫君達が閉じこもってお過ごしになれようか、と涙ぐみお念誦(ねんず)なさる宮のご様子は大層清らかでした。

     *念誦―経文を読み上げること



「椎本」-26 八の宮、女房達に戒め


八の宮は年かさの女房達をお呼び出しになって

「姫君達に心配の無いようにお仕えしてほしい。
物寂しく心細く生きるという事はよくある事だが、宮家ともなれば、生まれた家の身分や格式を保っていくことが、世間に聞こえても自分の気持ちとしても、間違いのない事と思われよう。
裕福に人並みな生活を、と願っても心に叶いそうもない時勢ならば、決して軽々しく身分にふさわしくない縁組をとりもちなさるな」

等とおっしゃいました。



「椎本」-27 八の宮、山荘を出る


八の宮は、明け方まだ暗い暁(あかつき)に山荘をお出になる時にも、姫君達の所にお渡りになって

「留守の間心細く思われてはいけない。
気持ちだけは明るく持って琴などお弾きなさい。
何事も思うようになりそうもないこの世だから思いつめてはいけない」

等とおっしゃられ、後ろ髪ひかれる思いで山荘を出てゆかれました。

姫君達は一層心細く、物思いされ続けて

「どちらか一人がいなかったらどうして暮らしていけましょう」

等と泣いたり笑ったりし心を一つにして慰めあってお過ごしになりました。



「椎本」-28 八の宮、山寺で病気


姫君達が、八の宮の下山が今日のはずと心待ちにお待ち申し上げる夕暮れに

「今朝から気分が悪く帰れない。
風邪かとあれこれ手当てをしている。
実はいつもよりお顔を見たい思いなのだが」

とのお言づてがありました。

姫君達は気が転倒し、どんなご容態なのかとお心を痛め、綿を厚く入れたお召し物をお届け申し上げました。

度々使いをだされると

「特に悪いというのではなく、何となく苦しいのだ。少しでも良くなれば無理をしてでも帰る」

と、口上でお返事がありました。

山では阿闍梨がお世話申し上げていました。

阿闍梨は

「何でもないご病気に見えますが、これが御最後かもしれません。
姫君達の行く末をどうしてお嘆きになる事がありましょう。
人は皆運勢という物が別々に定まっているのですから、お考え通りになられるものでもありません。
今さらに山をお出になりません様に」

と一段とこの世への執着を御捨てになるようご意見申し上げました。



「椎本」-29 八の宮、山寺に死す


八月二十日頃、空の気配もひときわ物悲しい時節に、姫君達は、朝に夕にお心を痛め沈んでいらっしゃいました。

有明(ありあけ)の月が大変はなやかに出、宇治川の水面も清らかに澄んでいる夜明けに、お使いの者が

「この夜中に亡くなられました」

と泣きながら申し上げました。

姫君達は、いつも父宮の事をご案じ申しあげ、しばらくでも父君に先立たれて生きていられようとは思っておられなかったので、後を追いたいと泣き沈まれましたが、定めのある死出の道なので、願いが叶えられるはずもありませんでした。



「椎本」-30 姫君達、阿闍梨を恨む


阿闍梨は、長年八の宮がお約束されていた通りに仏事をも全てにお仕え申し上げました。

姫君達が

「亡き人になってしまわれたという父君のご様子やお顔だけでも今一度見申し上げたい」

とおっしゃいましたが

「今さらどうしてその様な事をなさいましょう。
日頃も二度とお会いになられぬ様に申し上げましたので、今はなおお互いに心残りをお持ちになられませんように」

とだけ申し上げました。

姫君達は、阿闍梨の余りにも世事を省みない仏道一筋の気持ちを、憎らしくひどいとお思いになられるのでした。



「椎本」-31 薫、八の宮の死に悲しむ


薫は八の宮の逝去をお聞きになられて、その死がまことにあっけなく残念で、今一度ゆっくりとお話し申し上げたかった事が沢山あったような気がし、この世の無常が思い続けられて、大層お泣きになられました。

八の宮が

「もうお目にかかることは無いかもしれません」

等とおっしゃられたのを、宮が常日頃、朝と夕の短い間もどうなるかわからない世のはかなさを、人一倍お思いになられていらしたので、薫はこんなさし迫った事になるとも思われませんでした。

薫はかえすがえすも残念に悲しく思われました。



「椎本」-32 薫、宇治を弔問


薫は、阿闍梨のもとにも姫君達へのお悔やみも、ねんごろに申し上げなさいました。

姫君達は、この様なご弔問など、薫の他に訪れ申し上げる人も無い寂しい御境遇なので、悲しみで真っ暗なお心でも、今まで長年の薫のお心遣いが親切であったらしい事なども、身にしみて御解りになられました。

慰め様の無い余りに悲しい身の上のお二人なので、薫は、姫君達がどのようなお気持ちがなさるでしょう、とお思いになられて、四十九日までの法要の事など見積もって、阿闍梨や宇治の山荘にお届けになられました。



「椎本」-33 晩秋、姫君達の悲しみ


姫君達のお心が、いつまでも明けない夜の闇の中をさ迷うような悲しいお気持ちのまま、9月になってしまいました。

野山の風情はひとしお姫君達の涙をそそりがちで、ともすれば先を競って落ちる木の葉の音も、川の音も、涙の滝も区別できないかの様に、悲しみに正体も無いご様子でした。

お付きの女房達は、こんなことではどうして定めのある御寿命もお保ちになれようかと、懸命にお慰め申し上げながらも途方にくれていました。

    *9月―晩秋



「椎本」-34 匂宮の弔問


匂宮からも度々ご弔問申し上げなされましたが、姫君達はそうしたお手紙のお返事など申し上げる気にもなられませんでした。

匂宮は、お返事が無いので

「中納言(薫)にはこんなに冷たくはないだろうに、自分のことは心に留めておられないのだろう。」

と恨めしくお思でした。

匂宮は紅葉の盛りの頃に、漢詩などをお作りになられようとお出かけのご予定でしたが、宇治辺りのご散策は、八の宮がお亡くなりになって不都合な頃なので、思いとどまられて残念にお思いでした。



「椎本」-35 匂宮、忌あけにお手紙


御忌(おんいみ)も果てました。

匂宮は、時も経ち、姫君達の涙の乾く折もあろうかと、時雨がちの夕方長々とお手紙を書かれました。

牡鹿鳴く秋の山里いかならむ          

          小萩が露のかかる夕暮れ

:牡鹿(おじか)が妻を呼んで悲しげに鳴く秋の
山里はどんなに寂しいことでしょうか。
小萩の露がこぼれかかるこうした夕暮れは:

大君は

「風情も情けもわからないように何度も失礼しましたので、やはりお返事を申し上げなさい。」

と中の君にお勧め申し上げられましたが、中の君は

「やはり書けそうもありません。ようやく起きていられたりしますのが、なるほど、悲しみにも限りがあるものかと思われるにつけ、情けなくて悲しくて。」

といじらしい様子で泣きしおれていらっしゃいました。



「椎本」-36 大君、お返事


京よりの使者は宵が少し過ぎた頃に宇治に着きました。

大君が

「どうしてこれから帰れましょう。 今夜はここに泊まって」

と、女房に言わせられましたが、お使いが帰京を急ぐので気の毒に思い、中の君がお返事をできそうもないのを、見るに見かねなさって、お返事をなさいました。

涙のみ霧りふたがれる山里は          
          まがきに鹿ぞ諸声に鳴く

:涙でくれております霧深いこの山里では、垣根のそばで
鹿が私共と声を合わせて鳴いております:

薄墨色の紙に筆に任せて書かれ、上包みに包まれて使者に渡されました。



「椎本」-37 匂宮、熱心に手紙を読む


お使いは、木幡(こはた)の山の辺りを行くにも雨で大層恐ろしげでしたが、気味悪い笹の生い茂った山道も、馬を休ませる事もなく急がせて、京へすぐ戻りました。

御前(おまえ)でも大層ぬれて参ったので、御褒美の品を賜りました。

匂宮は、今までご覧になられたのとは違う、大人びた・風情のある筆の運びを

「どちらがどちらの筆跡か」

と、下にも置かずご覧になられ、すぐにもお休みになられませんでした。

女房達は

 「どれほどご執心のことなのでしょう」

とひそひそ噂して妬み申し上げていました。



「椎本」-38 早朝、匂宮より文


まだ朝霧の深い明け方に、匂宮は急いで起きてお返事を申し上げなさいました。

朝霧に友まどはせる鹿の音を          
          おほかたにやはあはれとも聞く

:深い朝霧の中、仲間を見失った鹿の鳴き声を、
ただ秋の風情として聞くだけでしょうか。
私も劣らず泣いております:

大君は、今までは父君の庇護の下、気楽に過ごしてきたけれども、心ならずもこれから生き永らえて不本意な間違いが少しでもあれば、亡き父君の御魂まで傷をおつけ申す事になろうと、何事にもひどく気後れし恐ろしくてお返事申し上げられませんでした。



「椎本」-39 大君、返事せず


大君は匂宮のことを、軽々しい世間並みの方の様には思い申しあげてはいらっしゃいませんでした。

匂宮が、何気なく走り書きなさったお筆の運びや言葉も風情に富んで優雅でいらっしゃるお手紙を、大君は男の文を多くはご存知でいらっしゃいませんが-このようなのこそ素晴らしいお手紙なのだろう-とご覧になりました。

しかし、洗練され感情のこもったお手紙に、お返事をさしあげてお相手申し上げるのも相応しくない身の上なので

「いいわ、ひたすらこうした山里の田舎者として過ごそう。」

とお思いでした。



「椎本」-40 薫、宇治へ


薫からのお返事だけは、薫のほうからも真面目な態度でお手紙申し上げなさるので、こちらからもさほどそっけなくはせず、やりとりをなさいました。

薫は御忌みが終わってからもご自身で宇治へお出かけなさいました。

姫君達が東の廂(ひさし)の間に質素な喪服姿でいらっしゃる所に、薫はまぶしい程に立派な姿でそば近くお立ち寄りなさって、老女・弁をお召しだしされました。

薫が

「この様によそよそしくはなさらないで、亡き父君のお言葉の様に親しくお付き合いくださいますのこそ、お話し合いをするかいもあるというものです。
お取次ぎを介してお話申し上げるのでは言葉も続きません。」

とあったので、大君は

「思いの他、今まで生き永らえているようですが、あきらめ様も無い夢のような出来事にどうして良いか解らない気持ちでおりますので、端近く参ってお相手する事も叶いません。」

と申し上げられました。



「椎本」-41 大君、薫と対面


そうは言っても大君ご自身としても、ようやく気持ちも落ち着いてきて、薫の好意をおわかりになるのであろう、少し端近ににじり寄られました。

薫は荒々しい様子等はお見えにならない人柄なので、大君は気味悪くていづらい気持ち等はしないが、親しくも無い男に声を聞かせ申し上げ、薫を頼りにするような具合であった日頃を思い続けると、さすがに辛くて気がひけました。

けれどもかすかに一言返事など申し上げなさる様子がいかにもしおれ返っていらっしゃるご様子でした。

薫は黒い几帳を通して見える透影がひどくいたわしそうなので、

色かはる浅茅を見ても黒染に          
          やつるる袖を思ひこそやれ

:枯れ果てて色の変わった浅茅(あさぢ)を見るにつけても喪服に
身をやつしておられる姫君達の悲しみが思いやられることです:

と、独り言の様におっしゃると

色かはる袖をば露の宿りにて          
          我が身ぞさらに置き所なき

:涙の露は喪服の袖を宿りにしておりますが、
私の身はこの世に置き所もありません:

と、とても悲しみに耐えきれないかの様に奥にお入りになられました。



「椎本」-42 薫、弁と語る


老女・弁が大君のとんでもない代役として出てきて、昔の柏木の事や八の宮の事を取り集めた悲しい御物語を申し上げました。

弁は、柏木の死や懊悩(おうのう)等世にも珍しい驚くような事もあれこれ見てきた人なので、薫は落ちぶれた老女と扱わず優しくお相手をなさいました。

薫は

「幼い頃に故院(光源氏)に先立たれ申して、とても悲しいものはこの憂き世だと思い知ったので、官位・栄華も何の関心も持てないでいます。
八の宮が、こうしてあっけなく御亡くなりになってしまい、ますますこの世のはかなさが思い知らされていましたが、永らえて、八の宮のご遺言を違えず、姫君達とお付き合い申し上げたいです」

と泣きながらおっしゃいました。

弁はましてひどく泣き、薫のご様子などが亡き柏木そっくりに思われるにつけて昔の柏木の御事まで思いだされ、お返事も申し上げられず涙にくれていました。

     *柏木の懊悩 - 薫は柏木と源氏の妻・女三の宮との不義の子



「椎本」-43 弁の素姓


弁は柏木の乳母子(めのとご)で、姫君達の母・北の方のいとこにあたる人でした。

長年、遠い地方の国をさすらい、後、八の宮邸で引き取ったのでした。奉公ずれがしているが気の利かぬ者ではない、と八の宮はお思いになって姫君達のお世話役風の者にしていらっしゃいました。

弁は、亡き柏木のことは、親しくお思い申し上げている姫君達にも一言もお洩らし申し上げる事も無く胸の中に納めていましたが、薫は、姫君達はとうにお耳に入れられたことであろうと憶測されました。

<<それが、自分の弱みとも困った事とも思われて、姫君達を自分の物にせずにはおくまいという気持ちになるきっかけにもなりそうだ>>>
*紫式部のコメント

*乳母子 ― 乳母の子供
*--- の中は作者の言葉。「源氏物語」では時々作者・式部が顔をのぞかせます。



「椎本」-44 薫、憂いて帰京


薫は、八の宮亡き今はこちらに泊まるのもはしたない気持ちがし、お帰りになるにも、最期にお目にかかったのも今も同じ秋ではないか、多くの日数もたっておらず、冥土のどこにおいでになってしまったのか、あっけないことだ、とお嘆きでした。

お邸はごく質素になさっていた様ではあるが、こざっぱりと片付けて趣深くお住まいでした。

出入りしている僧達の姿まですっかり見えなくなってしまう時、ここに残って悲しみにくれられる姫君達のお気持ちをお察し申し上げなさると、薫はとても辛くお思いでした。



「椎本」-45 匂宮の執心、姫君達の心


薫は、匂宮にお会いなさる時は、まず二人の姫君達のことを話題になさいました。

匂宮は、八の宮が亡くなった今は気兼ねもいるまいとお思いで、心をこめてお手紙をさしあげなさいましたが、姫君達は、ちょっとしたお返事でもお出しにくく気のひける方とお思いでした。

匂宮は世間に大層色好みのお方だという評判で、姫君達は、このようにとても埋もれた田舎屋から差し出したようなお手紙も、どんなに世慣れない時代遅れの物だろう等とふさいでいらっしゃいました。



「椎本」-46 姫君達の哀しみ


「それにしても、これ程はかない物であった父宮の御寿命を、昨日今日とは思ってもみなかった。
父宮御在世中の今までの事を考えてみても、これといって望みの持てる様な暮らしでも無かったけれど、ただのんびりと日を過ごし、恐ろしい事や恥ずかしい目にも会わずにきたのに、風の音も荒々しく、見慣れない人が連れ立って案内をこうと、気が動転し恐ろしく心細く感じることさえあるようになったのがとても耐えがたいこと」

と、姫君達が涙の乾く時も無くお過ごしになっているうちに、年も暮れてしまいました。



「椎本」-47 年の暮、寂しい山荘


雪や霰(あられ)が降りしくころは、今年初めて決心して山奥深く分け入った山住みの生活を始めたような気持ちがなさいました。

向かいの山でも、八の宮が時々お念仏におこもりなさった縁故があったので、人も来、阿闍梨がたまにお見舞いのお便りを申し上げましたが、今は、訪れる人も絶え果ててしまったのも当然のことと思いながら、とても悲しいことでした。

今までは気にも留めなかった木こりがまれにご機嫌伺いにやってくると珍しく思われ、薪、木の実を拾って持って参る者もありました。



「椎本」-48 阿闍梨より見舞い


阿闍梨から冬支度の炭などを差し上げる使いの法師や童子達が、山寺へ帰っていく姿が雪深い中を見え隠れし、姫君達は泣く泣く端近に出て、見送りなさいました。

「父君が御髪などをお下ろしになって、山寺にお篭りになっていらっしゃるようであれば、この様に出入りする人も多いでしょうに。どんなに淋しく心細くてもお会い申し上げる事が無いということはないでしょうに。」
などとしみじみ語り合われました。

大君

君なくて岩のかけ道絶えしより       
       松の雪をもなにとかは見る

 :父君がお亡くなりになって、山寺との道の行き来も無くなってから、
あなたは松に積もる雪を何とご覧になりますか:

中君

奥山の松葉に積もる雪とだに       
       消えにし人を思はましかば

:せめて奥山の松葉に積もる雪とだけでも、父君を思うことができたら。
うらやましいことに雪はまた降って積もれます。



「椎本」-49 年末に薫、宇治で大君と対面


雪も深く、普通の身分の人でも姿を見せなくなったのに、薫が立派なご様子で気軽に訪ねてこられ、大君は、そのお気持ちが浅いものではないとお解りになるので、いつもよりは心を込めて御座等を整えさせられました。

大君は直接お話なさることを気のひけることとだけお思いでしたが、お会いしないのは、思いやりに欠ける様に薫がお思いなので、打ち解けるというのではないが、前よりは少し言葉多くおっしゃられました。

その様子は上品で奥ゆかしい感じでした。

薫は、こうした対面だけでではとてもすまされないだろう、という気持ちになられるにつけ、やはりこんなふうに人を好きになると、あっさり変わってしまうものだ、とお思いでした。

<薫は大君への思いによる自分の変化を反省しています。今まで妻帯などを考えませんでしたから。>



「椎本」-50 薫、大君に匂宮の思いを語る


薫は

「匂宮が妙に私をお恨みされることがございます。
私に、姫君達によしなに取りなして欲しい、と頼りにしているのにお返事も頂けないのは、私がうまくお取りなし申さないからだ、と度々お怨みになるので心外な事とは思います。
けれども、どうしてそのように宮にひどくおあしらい申されるのでしょう。
好色なお人の様に世間ではお噂申しあげているようですが、宮は心の底は不思議なほどに深くていらっしゃいます。
宮様について人が存じあげてない事を私は良く承知しておりますので、もし似合いのお話とお思いなら、そのおとり持ちなどは心の限りをつくしてお骨折り申しあげましょう」

と、とても真面目におっしゃいました。

大君はご自分の事とはお思いにもならず、中君の親のつもりで返事を、とご思案なさるけれども、

「どういうお話なのでしょう。私達に関わりのある事のように仰せ続けになるので、かえってどうお返事申し上げて良いかわかりません」

と、返事に困って笑いに紛らわされるのも、おっとりしているものの好もしい感じに聞こえました。



「椎本」-51 薫の大君への思い


薫が

「今の宮のお話は、ご自分の事としてお聞きにならねばならない事とも思いません。
あなたご自身は、雪を踏み分けてお訪ねしてまいりました私の志だけを喜んでくださる姉君としてのお心でいて下さい。
宮がお心を寄せていらっしゃるのはどうも違う方の様です。
宮へのお返事等はどちらが申し上げるのですか」

と申されるのですが、お返事もおできになりませんでした。

(大君)

雪ふかき山のかけはし君ならで       
       またふみかよふ跡を見ぬかな

:雪深い山の懸け橋は あなたの他に踏み通う人はありません:

と書いて簾の外にさし出されました。

つららとぢ駒ふみしだく山川を       
       しるべしがてらまづやわたらむ

:氷の上を馬が踏みしだいて行く山川を匂宮の案内しながら
先ず私が先に渡りましょう。
それでこそ私がここに来るかいもあるというものです:

<薫の匂宮より先に大君と契りをという願い>と薫が申されると、

大君は不愉快になってお答えになりませんでしたが その様子はいかにも好ましくおおらかな気性で、予想にたがわぬ方とお思いでした。

薫は何かにつけて言い寄ってみるけれども、大君はそ知らぬ振りばかりでした。



「椎本」-52 薫、姫君達に移転をほのめかす


「暮れてしまいますと、雪が道ばかりか空までもふさぎそうでごさいます。」

と、薫のお供の人々が咳払いをし、帰京をうながしました。

薫は

「どちらを見ても痛々しく感じられるお住まいの様子ですね。
まるで山荘の様にとても静かで人の行き来もない所がございますが、もし姫君達がそちらにお移りになられましたらどんなに嬉しいことでしょう。」

等とおっしゃいました。

それを小耳にはさんで微笑む女房達がいるのを、中の君は

「何とはしたない。どうしてそんなことができましょう。」

とお思いでした。



「椎本」-53 薫、宿直人に問う


果物や菓子などを品良く盛り付けてお出しし、お供の人々にも、お酒をお勧めになられました。

あの、薫より拝領した狩衣(かりぎぬ)の移り香で騒がれた宿直人(とのいびと)が、濃い鬚(ひげ)で無愛想な面でいるのを、薫は

「これが姫君達の頼りにされる家来か。情けない番人だ。」

とご覧になって、お召しだしになられました。

「宮が亡くなられてから心細かろうな。」

等と問われると、宿直人は気弱そうに泣き

「身寄りの無い身で、今は何に身を寄せるべきでしょう。」

と申し、いよいよ体裁が悪い事でした。



「椎本」-54 薫、仏間で八の宮を偲ぶ


薫が、生前、宮がお使いであったお部屋をご覧になると、塵が大層積もって、仏様だけが以前のまま、花の飾り付けがしてあり、宮がお勤めをなさっていたと思える、一段と高いお席は運び去ってありました。

立ち寄らむ蔭とたのみし椎が本       
       むなしき床になりにけるかな

:出家を果たした際には、我が師と思っていた宮は亡くなられて、
ご修行されていたお席も空しく跡をとどめているだけだ:

と、薫が柱に寄りかかっておられる姿を、女房達は覗き見しおほめ申しました。

<「椎本」の巻名はこの歌による>



「椎本」-55 薫、帰京


日が暮れたので供人達が、近くの薫の荘園で働いている人々に、お秣(まぐさ)を取りに行く様、申し付けておいたのですが、薫は御存じでありませんでした。

荘園の若者達が大勢がやがやと連れ立って参ったのを、薫は、

「困った、具合の悪い事だ」

とお思いでしたが、老女・弁に会いに来たかのようにとりつくろわれました。

薫は、いつもこの様にお勤めする様命じおかれて、帰京なさいました。



「椎本」-56 新年に阿闍梨、山菜を贈る


年が改まると、空の様子もうららかで、汀(みぎわ)の氷も溶けてくるのを、姫君達は、相変わらず悲しみにお沈みなので、不思議な事のように眺めていらっしゃいました。

宇治の阿闍梨の僧坊から 「雪消えに摘みました」 といって、沢の芹や蕨(わらび)をさしあげ、女房達が、精進料理のお食膳としてお出ししました。

女房達が、

「山里は山里で、こうした草木の変化につけて、移り行く月日の印がわかるのが面白い事です」

と言うのを、姫君達は、 「何の面白い事があろう」 と、お聞きになられました。



「椎本」-57 薫・匂宮より新年の挨拶


大君

君がをる峰のわらびと見ましかば       
       知られやせまし春のしるしも

:これがもし、父君のいらっしゃる峰の蕨であるのなら、
春がやってきたのだと、うれしく思えるでしょうに:

中君

雪深き汀(みぎわ)の小芹(こぜり)誰(た)がために       
       摘みかはやさむ親なしにして

:雪深い沢の小芹も、誰のために摘んで楽しみましょう、
喜んでいただく親の無い身の上で:

等と、ふと心に浮かぶ事を語らいながら日を送っていらっしゃいました。

薫よりも匂宮よりも折をはずさずにお見舞い申し上げなさいました。



「椎本」-58 春、匂宮、宇治を懐かしみ歌を贈る


桜の花盛りの頃、匂宮は、昨年「かざし」の歌をお送りなされた事を思い出されました。

その折にお供でご一緒なさった貴公子達が

「とても趣のありました八の宮のお住まいを、二度と見る事も無くなってしまいました」

等と、この世のはかなさを口々に申し上げるので、匂宮はとても行きたくお思いになられるのでした。

つてに見し宿の桜をこの春は       
       霞へだてず折りてかざさむ

:昨年は行きずりに眺めたお邸の桜を
今年の春は霞を隔てずに折ってかざしたいものです:

*かざしー頭にかざす飾り



「椎本」-59 匂宮、中君の返歌を怨む


中の君は、とんでもない事とご覧になりながら、見事なお書きぶりのお手紙に

いづくとか尋ねて折らむ墨染に       
       霞みこめたる宿の桜を

: 一体どこと尋ね当てて折ろうとされるのでしょう。
墨染めの喪の霞の立ちこめた家の桜を:

と、当り障りの無い御返歌をしておかれました。

こう突き放した冷たいお気持ちばかり見えるので、匂宮は、心底恨めしいとお思い続け、薫に恨み言を言われました。

薫はおかしいと思いながらも、いかにも姫君達の後見人という顔でご意見申され、匂宮は弁解をなさるのでした。



「椎本」-60 匂宮、夕霧の六の君に関心わかず


匂宮が、夕霧右大臣の六の君を、お心にもかけられない事を夕霧右大臣は少々不満気にお思いでした。

そうはいっても、匂宮は

「六の君とは余りにも近い間柄であるだけでなく、右大臣が、やかましく煙たいお人柄なので、どんな些細な浮気でもとがめられそうでかなわない。」

と、蔭ではおっしゃって抵抗していらっしゃいました。

* 六の君と匂宮は、いとこ。



「椎本」-61 三条の宮焼け、薫、宇治に遠のく


その年に薫の本邸である三条の宮が焼けて、女三の宮(薫の母)も薫と共に六条の院にお移りなされました。

薫は何かと忙しさに紛れて、宇治あたりを久しくご訪問申し上げられませんでした。

生真面目な薫のお心は、他の人とは全く違っているので、至極のんびり構えて、大君がいずれ自分の妻になる人だとは信じていながら、大君のお気持ちが解けないうちは、ふざけた失礼な態度は見せまいと思い、

「八の宮とのお約束をいつまでも忘れていないということを深く知ってほしい」

とお考えでした。



「椎本」-62 夏、薫、宇治で姫君達の姿をのぞき見


その年は例年より暑く、皆が暑さをもてあまし、薫は、宇治川のほとりならきっと涼しいだろうと思い立って、急に宇治へお伺いなさいました。

八の宮がいらっしゃった西の廂(ひさし)の間に宿直人(とのいびと)を、お召し出しになられました。

母屋(もや)の仏様の御前に姫君達はおいででしたが、近すぎないようにとご自分達のお部屋へお移りになられました。

その身じろぎなさる気配が近々と聞こえるので、薫はじっとしていられず、障子の端に戸締りの掛け金をしてある所に穴が少し空いているのをご存知だったので、障子の外に立ててある屏風を動かして、お覗きになられました。

ちょうど穴の空いている所に、き帳(きちょう)が立ててあり

「ああ、残念」

と思って、身を引こうとするその時、風が簾を高く吹き上げるらしく、そのき帳を目隠しにと女房が片付けてしまいました。

薫はまぬけなことをすると思いながらも嬉しく、中をご覧になると、姫君達はあちらの居間に行こうとするところでした。



「椎本」-63 中の君の姿


まず中の君が、薫のお供の人々が行ったり来たりして涼み会っているのを、 き帳より覗いてみていらっしゃいました。

中の宮は、すらりとした姿の美しい人で、髪は末まで一筋の乱れも無く、つやつやと沢山あって可憐な風情でした。

横顔などの愛らしく色艶が良くて、もの柔らかでおっとりとした感じは、女一の宮(おんないちのみや)もこのように美しいのだろうと、薫は、以前ちらりと拝見したお姿を思い出され、つい嘆息されました。

* き帳 − 室内の隔てに用いる絹の帳を垂らした障壁具
* 女一の宮 − 今上帝の第一皇女



「椎本」-64 大君の姿


大君がにじりでて

「あの障子は、外から覗かれそうで心配です。」

とこちらをご覧になったお心配りは、たしなみ深く考え深そうにみえました。

頭の形、髪の生え際など、中の君より一段と高貴で優雅な感じで、中の君と同じ様な色合いの黒い袷(あわせ)の喪服をお召しになっているが、大君は優しく優雅な感じで哀れをそそられ胸をしめつけられる様でした。

髪はすっきりした程度に抜け落ちたのであろう、末が少し細くなって、翡翠(かわせみ)の青葉のような色合いでとても美しく、より糸を垂らしたようにみえました。

紫の紙に書いた経を、片手に持っていらっしゃる手つきは、中の君よりも細くずいぶん痩せているようでした。

簾際に立っていた中の君も、何がおかしいのか、こちらを向いて笑っているのが、とても可愛らしい。

 

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